リボンが自分の体をほどき、タンポポが結び直す。 それはふたりだけのお決まりのジョークだった。
2018年制作。第5回新千歳空港国際アニメーション映画祭で審査員特別賞とロイズ賞を受賞されました。
あらすじ
リボンはタンポポのところにやってきて、日が暮れるまで一緒に過ごします。
仲良しな二人のいつものルーティンは、お茶のセットを広げて一緒に飲むこと、ジョーロでお水をあげること、本を読むこと、お絵描きをすること、お別れの前にハグをすること。そして一番のお気に入りは、リボンが自分で自分をほどいて、タンポポが結び直すという二人だけのジョークでした。
ある日リボンがタンポポのところにくると、タンポポは地面に横たわって動きませんでした。リボンはタンポポのために音楽をかけたり、ピザを持ってきたりしますが、タンポポは目覚めません。
幾日か過ぎた時、ようやくタンポポが目を覚ましました。しかし、その姿は以前とは違っていましたーー
感想
私は2018年に「ANIME SAKKA ZAKKA anthology」という作品上映会で観ました。当時からとても心に残っている大好きな作品です。その後観られる機会がなかったのですが、今年2月に作者の若井さんがご自身のYouTubeチャンネルで本編を公開されました。
変化していってしまうタンポポと、無邪気なリボン。結末は何度見ても涙が出てきます。大好きな作品だけに言語化するのが難しいのですが、後半には若井さんの過去作と合わせて感想を詳しく書いていきます。
照明の変化で時間と感情を表現
背景は真っ白に抽象化されていて、場所の説明はありません。他の要素を排して、二人の関係性のみにフォーカスしたシンプルな構成です。
背景がない代わりに、照明の変化によって一日の時間帯がわかるようになっています。
朝は下手側から、昼は上から、夕方は上手側から光が当たっています。同ポジ(同じ構図)でカットを割っただけでも、照明が変化していることで時間経過を感じることができます。
日数の経過は、キャラクターと小道具の変化によって感じ取れます。
リボンがタンポポのために用意したピザが、手付かずのままカビてしまう。これだけで数日が経過したことが分かります。
照明は時間経過を表すだけでなく、キャラクターの心理状態を表すためにも使われています。
前半と後半で背景の色を比べてみると、シーンによって照明の明るさや色味が少しずつ変化しているのがわかると思います。
冒頭の二人の仲睦まじい日常のシーンは明るい照明で色鮮やかですが、タンポポが目を覚まさなくなってしまったあたりからやや暗く彩度の低い画面に変化していきます。
特に最初の夕景のシーンと、最後の夕景のシーンでは背景の色味が全く違っています。
背景が真っ白で同じ構図・同じルーティンを繰り返すシンプルな構成なのに、観客を飽きさせないどころか感情を揺さぶられるほど引き込まれていってしまうのは、キャラクターの心情に寄り添う細やかな演出があるからなのだと思いました。
また、カットを割る時には暗転と同時にずっと鳴っている環境音がぷつりと途切れることでシーンの切れ目を強調しています。これが繰り返されることで、少しだけ不穏な感じになるのが良いですね。冒頭から、「これはただ可愛いだけのお話ではないな」という感覚を受けるのはこの環境音の使い方によるものかなと思いました。すごい。
輝かしい時間とその喪失
「タンポポとリボン」を掘り下げる際にぜひ合わせて観ていただきたいのが
若井さんの過去の短編作品「コーポにちにち草のくらし」です。
二つの作品に共通していることは「一生のうちにある輝くような時間と、その喪失」。どちらの作品も、他者と分かち合う幸せな瞬間の喜びと、それを失った瞬間の悲しみが描かれてます。
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余談:
私は「コーポにちにち草のくらし」を初めて観た時、「エビフライはその後どうなったの!?」と思いました。なぜ登場人物の最後を描かないだろうと思ったのですね。
でも、時間が経って見返してみると、「一番輝いている時間」と「それが失われた瞬間」を描いている作品なのだから、この終わり方が良いと感じるようになりました。
ラストは老眼鏡と一緒に、なんとも言葉にできない気持ちを静かに味わうのがこの作品の良いところだと思います。
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どちらの作品もハッピーエンドとは言えない切ないお話ですが、ただ悲しいだけのお話ではないと思います。
「コーポにちにち草のくらし」では、みんなで鍋を囲んだあの楽しい時間は、もう同じ形では帰ってこないのだけど、それぞれの生は続いていきます。
「タンポポとリボン」では、二人の親密な関係は喪われてしまったのだけれど、その生は形を変えて続いていくことが、ラストシーンで示唆されています。
ここからは私の個人的な話になりますがーー
この文章を書いていて思い出したことがあります。
以前私がアシスタントでついていた、アニメーターの先輩との会話です。
(ずいぶん前のことなので記憶が曖昧ですが)
撮影の仕事が終わったときに、
「スタッフに恵まれたとてもいい現場だったので、あの方たちとまた仕事がしたいですね」というようなことを私が言ったら、
先輩は「『またいつか同じ人と同じように』と思っても、そうそう叶わない。人と人の出会いというのは、流れ星と流れ星が一瞬すれ違うようなものだよ」と仰ったのです。
そういうものだろうか、とその時は思ったのですが、年を経るごとにその言葉の意味が分かってきた気がします。
人と人が関わり合い、楽しい時間を共有する奇跡のような一瞬。それはもう二度と同じ形では戻ってこない。でも、生きている限り、きっとまた別の形で幸せな瞬間はやってくると、そう信じて生きていきたいな、と。。この作品は、本当にいろんなことを考えさせてくれる作品だと思います。
自分にとっての大切な存在に想いを馳せる
このお話を、現実の世界を抽象化した寓話として捉えるなら、観客は自然と「自分にとってのタンポポは、リボンは何なのだろう」と想像することでしょう。
私個人としては、2018年に上映会で見たときと、今年見たときでは「リボン」に抱く印象が変わりました。
最初に見た時は「ああ、リボンはなんでそんな察しが悪いの、ああ…」とハラハラする気持ちだったのですが、今年見た時は「そうなってしまうよなぁ。誰も悪くない…」という気持ちでした。それは私自身が育児などの経験を経て、物語を見る視点が変わったからだと思います。
きっと人生の折に触れて、何度見返しても新しい発見がある作品だと思います。
作者について
若井麻奈美/Manami Wakai
埼玉県在住。
多摩美術大学絵画学科油絵専攻。東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻修了。
アニメーションやイラストの制作を行っている。
公式HP_https://www.wakaimanami.com/
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誰もが笑顔になってしまうゆるくて可愛いキャラクターデザインと、優しい世界観を持ちながら、時に人の心の芯に迫るような視点が大好きです。
若井麻奈美さんのSNSではとびきり可愛いGIFやイラストもご覧になれます。
特にカニのシリーズは人気が高く、グッズ販売なども行っています。私はカニのパーカー持ってます!🦀
オリジナルグッズ販売_SUZURI
今回の作品で興味を惹かれた方はぜひ若井さんのSNSをチェックしてみてくださいね。